【レポート】FOODiT TOKYO 2016「古い体質を打ち破れ!次世代リーダーたちの提言」

去る8月22日、外食業界のリーダーたちが一堂に集結したカンファレンス「FOODiT TOKYO 2016」(主催:株式会社トレタ)が、東京・丸の内のJPタワーホール&カンファレンスにて開催されました。今年で2回目となるFOODiTは「未来の外食創造へ。さらに深く、一歩先に。」と題して、多角的に議論を展開。飲食業界が抱える様々なテーマを軸に、これからの業界の「あるべき姿」についての講演・パネルディスカッションが繰り広げられました。「明日のレストラン」では、業界関係者から大きな注目を集めた数々のプログラムのなかから、代表的なセッションの内容をレポートしてまいります。今回レポートしたセッションは「次世代リーダー」です。(編集部)

ゼットンの稲本健一氏をモデレーターに、いま注目の飲食店経営者3名を集めたパネルディスカッションが開かれました。笑いの絶えない軽快なトークから、飲食業界のこの先を占う一言など、1時間、聞き流せる瞬間はありません。このトークライブからこれからの飲食業界を牽引する次世代リーダーが、いま考えていることが見えてくるでしょう。

<登壇者>
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株式会社串カツ田中 代表取締役社長 貫 啓二氏
大阪生まれ。高校卒業後トヨタに入社。27歳で退職し、Barを始める。生涯のパートナーである田中洋江氏と出会い、その後デザイナーズレストランがヒット。東京に進出し京懐石のレストランをオープンしたが、苦境に。その後平成20年に少額の投資でオープンした「串カツ 田中」が大ヒット。現在全国120店舗にまで拡大。

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株式会社サイタブリア 女将 石田弘子氏
2001年、東京西麻布に隠れ家レストラン『CITABRIA』オープン。2006年、ZAGAT SURVEY Tokyoのサービス部門・内装部門で1位に。2006年、バー『CITABRIA BAR』をオープン。2010年 『レフェルヴェソンス』オープン。2012年 ZAGAT SURVEY Tokyo で料理・内装ともにNo.1を獲得。2012年、ミシュラン東京で初登場 一つ星を獲得。2013年、ミシュラン東京で二つ星を獲得し、以後3年連続で獲得。また、アジア50レストランにて12位、世界100レストランにて85位にランクイン。2014年『LA BONNNE TABLE』オープン。

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株式会社subLime 代表取締役社長 花光雅丸氏
1981年6月、和歌山県生まれ。少年の頃より「島をつくる!」という夢を抱き、将来は起業を心に決める。2004年青山学院大学卒業後、8月「屋台バーsubLime」を開店(夏の終わりとともに閉店)。同年9月レインズインターナショナル入社。05年9月に退社し独立。05年11月、1号店「沖縄鉄板屋台subLime」を吉祥寺にオープン。06年6月に株式会社subLimeを設立し、現職。新規出店、M&A、独立支援により増収増益を続け、現在年商160億、280店舗を展開。2026年までに島事業を1つ実現させ、2036年までに外食日本一の企業にするべく日々是冒険中。

<モデレーター>
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株式会社ゼットン 代表取締役会長 稲本健一氏
93年にプロデュースした期間限定ビアガーデンの成功をきっかけに、本格的に飲食ビジネスの世界へ。95年、㈱ゼットンを設立し1号店「ZETTON」をオープン。「店づくりは街づくり」の理念のもと、東京・名古屋を中心に海外含め88 店舗を展開。飲食を通して街の活性化に貢献すべく、公共施設開発事業や商業店舗開発事業を推進する他、レストランの魅力を最大限に生かしたウェディングも執り行う。

稲本 今回、主催者の方から「いま飲食で、若手で頑張ってるのって誰ですかね?」って聞かれました。いろんな頑張り方がありますけど、僕の選んだのがこちらの方々です。
隣の貫社長は、マザーズの上場承認もおりたチェーンレストラン「串かつ田中」の社長です。石田女将は古くからの友人なんですけれど「L'Effervescence(レフェルヴェソンス)」というミシュラン星付きの、クオリティで世界に打って出るレストラン、日本を代表するようなレストランを作っています。花光社長ーーいつもマロくんと呼んでいますけれどーーは若くして「subLime」の160億円近くの売上をM&A戦略で作り上げてきた方です。
このタイプが違う3人をお呼びしました。僕はモデレーターということで僕の意見はあまり入れません。

これまで成功してこられた理由は?

稲本 3人はまだ自分が成功していると思っていないと思いますが、世の中から見ると成功した秘訣はみたいなものを聞きたいと思います。一般論として「今、なぜ上場できているのか」「今、なぜ星を取れているのか」「なぜ今そうやって拡大できているのか」ということを、みなさんの口から話してもらえれば。

私は経営はすごい下手だと思っているんです。いろんなブランドも出してきて、結構失敗してきていますし、その失敗を全部集めたのが「串カツ田中」だと。
一業態で結構な店舗数のチェーン店を作るというのは、奇跡というか、まぐれみたいな気がしているんです。そのまぐれみたいなものを引いたので、それを一生懸命育てるために愛情込めてやっています。僕は会社でも「ついている」と言ってます。

石田 うちはミシュランを1つから2つに上げましたが、弊社のレベルは日本人のレベルなんです。ミシュランというのはフランス人が強く、日本人が弱い、かつシェフが修行したお店も影響します。どこ出身というのが大事なんです。あとはフランスにまつわる行事にボランティア的に会社として協力していって、フランスの人たちに印象づけていくんです。ただ、癒着は絶対にしません。
ミシュランなんて関係ないと思われる方もいらっしゃると思うんですけど、あるに越したことはない。入社してきてくれる方の親御さんが「ミシュラン取ってるレストランなんですね」っていうふうに言ってくださるんです。ですので、引き続き三つを目指して頑張っていきたいと思います。

花光 拡大できた理由は、やはり財務セクションがあることですね。もともと飲食店ってお金を引っ張る能力に長けていない人が多いので、僕らはそこに対して資金を集めました。単純明快ですけれども、そこが一番成功かもしれないです。

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他の経営者と自分は何が違うと思いますか?

稲本 いっぱい聞きたいことがあります。続いて「他の経営者と違う」ところ。

ビビリです。ビビリでビビリで「今のままじゃどうなるんだろう」って常に思っています。それと、これだけは負けないというのは、副社長の「串カツ田中」の味を持っていた田中と私は、世界で一番「串カツ田中」が好きだと言うことですね。それは本当に極まっています。

稲本 副社長の田中さんは女性なんですけれど「串カツ田中」は田中副社長の名前を取っているんです。夜中に熱く話し合って泣いているんです。「串カツ田中」がどれだけ好きかっていうことで(笑)。それくらい愛しているということですね。
またビビリの部分は本当にビビリで、確かに貫くんの経営はビビリだからこそ前へ進んだと言う感じがしますね。

石田 私、女性、女子なんです。飲食で活躍している諸先輩方はどうしても男性の方が多くて、飲食をやっていく組織のなかに女性目線があると、会社の雰囲気だったり、お店づくりも全然違うとは思います。

花光 この世の中に1社たりとも同じ会社がないということは、創業者が全部違うからだと思っているわけです。なので、全部違うものだと認識した上で事業を行うのが一番いいのかな、と思っております。

あなた自身の人生の目標は?

稲本 仕事っていうのは、どこまで行っても人生のなかで大きな時間を占めます。そんななかで「人生の目標」は、3人の場合、いまどこにあるのか。その辺を少し聞かせてもらえますか。

石田 自分は、たまたま結婚できて子育ても終わって、さらに仕事に集中できるという環境にあります。今後は同じ飲食で働く女性の活躍の場をもっと作っていけたらいいなと思っています。スタッフにパートナーができて、子供を産みたい、養子に取りたい、といったときにみなさんの会社ってどうされてます? 託児所をどうするかとか考えていますか?ーーと、そういうことを訴えていきたい。残りの人生、掛けます。

花光 僕は自分自身が自己満足できる人生が一番いいと思っているんです。よく人間の欲求の最大値は自己実現とか言うじゃないですか。でも自己実現って結局、自己満足だなって。じゃあ僕にとっての自己満足は何か。それは他者の満足度の最大値化と最多化が、僕の中での自己満足のマックスなんですね。人の幸せが自分の幸せになる、と。
何でそう思ったかというと、23歳のときに屋台をオープンした日に来たカップルのお客様がきっかけなんです。
お客様が僕にビールを奢ってくれたんですよ。で、お礼をいったら「いやありがとうはこっちだよ。こんな今日の記念すべき日に第1号の客として来れて、ビールを奢れる俺が幸せだ」っていうんですよ。
僕はそのときにすごく衝撃を受けたんです。人の幸せって自分の一番の幸せになるんだな、と。そして、それこそが僕にとっての自己満足なんじゃないかなと。だから、僕の人生の目標は「良かったな」って思える人生を生きよう、最大の自己満足をして終わろう、と。それが僕の人生の目標であります。

稲本 いい話だね。今の作りじゃないよね?

花光 半分作りですけれども(笑)。

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稲本 最後に貫くん。いま「上場」っていう、ものすごく分かりやすく目標に向かって進んでいるよね? そこが到達点ではないだろうけれども、そこに見える風景の向こう側の話をしてくれますか。

「人生の目標」っていうには、ぼやっとしているかもしれませんけど、仕事をしてきて一個一個自分を褒められるシーンがたまにあるわけです。そのときそのときに新しい夢が生まれて、夢に到達するための目標の階段みたいなものを置いていって、夢に近づいて行ったら夢はまたどんどん逃げていく。だから、将来何になるというのはないんですが、僕は仕事が一番の趣味なので、死んだときに「ああ、上手くいったなぁ」みたいなのが感じられれば十分です。

稲本 とても上場間近の社長の言葉じゃなかったような(笑)。以前、初めて東京に出した和食屋さんで苦労した話を聞かせてもらったけれども、そこから上場に至るフェーズと、なぜ上場することが必要だったか、そしてその先はどう考えているんでしょう。

上場を目指す気は全然なかったんです。どっちかと言ったら窮屈そうだし、嫌だなぁと思っていました。でも50店舗くらいに増えてきまして「串カツ田中」って相当行けるな、と思ったんです。うちの理念が「一人でも多くの笑顔を生むことに社会貢献する」なんですけれども、これをずっとコピー&ペーストみたいに続けて、店をいっぱい出して、スタッフにも地位とか役職を与えられて、取引業者さんにも喜んでいただけてというのが続いていくなら、上場するほうがいいのかなって思っただけです。
上場したらどうとかではなくて、上場することによって「串カツ田中」の串カツで、ひとりでも多くの人に喜んでもらうということが実現できるかなぁと思っただけなんです。なので、上場したくて店を増やしたということは全くない。今回上場承認が降りて来月トラブルがなければ上場できると思うんですけれど、大して変わらないと思います。僕がちょっと窮屈になるくらいです。

稲本 マロは逆に上場の話はあんまりしないけど、それはなぜ?

花光 興味ないんですよね、あんまり。あとは手段として最短最速で日本一という目標を到達できるのであればやらざるを得ないと思っているんですけど、僕自身が上場企業の社長の器としてどうかな?っていうのもありますし。

稲本 (石田)弘子には、個店も含めたレストランの現状というものを少し弘子的なアプローチというか思いで語ってください。

石田 今の各店舗で大事にしているのが、生産者様との密な関係。うちのスタッフたちはワインも野菜もお酒も一緒に作りに行っているんです。もちろん貫さんのように、同じものをたくさん生産するというレストランの進み方もあると思うんです。私のお店は、飲食では4店舗しかないので、ひとつひとつ丁寧に向き合える。お客様おひとりおひとりとも向き合えて、楽しい。それが飲食の原点だと思うんです。昔も今もこれからも変わってないんじゃないかと思います。

これから挑戦したいことは?

稲本 これから挑戦したいこと。これってすごく大事だと思う。ビジョンというかストラテジーも含めたことですけれど。今いちばん言いやすい貫くんから。これからの事業戦略・計画も含めて。

目標は、串カツを日本を代表する食文化にしたいということ。外国から見たときに「寿司、ラーメン、天ぷら、焼き鳥、串カツ」って並ぶように。そのためにも切磋琢磨して、ライバルも増えて、その中でわれわれのやることが一番であり続けるということが大事で、そうしないと文化にはならないと思っています。焼鳥店ぐらいの層の厚さになったときトップにいたら、本当に盤石な「串カツ田中ブランド」になっているんじゃないかと思っています。

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石田 私はせっかく周りに上場された経営者達がおられるので、ぜひ託児所を作りませんか、と。だって、こんなにたくさんお店がある飽和状態で、確実に働く、アルバイトしてくださる方たちはどんどん減っていくわけですよ。おじいちゃん、おばあちゃんは増えていっちゃうし。そのときに絶対女性の活躍はもっと必要になってくる。そこを本気で飲食や商業施設作る人たちに訴えていきたいと思っています。

花光 僕はこの飲食業に骨を埋める覚悟があるので、自分で選択した飲食業で日本で一番の外食店企業を作ります。売上げと利益両方で。

これからの飲食業界はどうなっていく?

稲本 今回のテーマは「古い体質を打ち破れ!」っていうことで、ブレイクスルーというか、現状打ち破っていく感覚について、今まではこうだったけど俺たちはそうならないようにこうしているとかって話が聞きたいと思います。
例えば、僕は業界全体が少しこじんまりとしているように感じる。居抜き戦略もいいけども、そのために自分が好きなことをやらなかったりとか。20年くらい前はみな夢があって「俺は負けないんだ!」ってエネルギーがすごくあったような感じがする。この3人は、3人が三様で、いろんなものを目指しているんじゃないかなって思うんです。業界全体のことも含めて、これからの飲食はどうなっていくのかという話を少し聞かせてもらえますか。

新しい・古いで分けると、僕は古いほうに入ると思います。コツコツやって、組織づくりも古いほうだと思います。新しいほうというとマロさんじゃないですか。だって、こんなTシャツ短パン姿で……(笑)。

花光 僕をいじるところじゃないでしょ(笑)。

最近の若い経営者にはすごく頭がいい方が多いですよね。僕はいろんな事業を失敗してきましたけど、たまたま田中の家のレシピを拾っちゃって、それが当たっちゃって。そしたら模倣店がいっぱい出てきたので、それに負けないため田中を守るためにチェーン展開をしたんですね。最初から展開しようという気もなかったし、ただただ田中を守るためにやって来ました。
だから、これから飲食を盛り上げていこうという方は、好きなタイプの経営者のほうへ行かれたら良いんじゃないかなと思うんです。古いのにも良いとこあると思うし、新しいのにも良いとこあると思います。僕はマロさんみたいな経営はできないし、やりたいとは思わない。

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稲本 「串カツ田中」のフランチャイズが面白いのが、いろんな繁盛店を作っているような人や会社と串カツ屋さんの店舗展開をやっている。これって、今までフランチャイズビジネスの中でありえなかった形だと思う。
もしかしたら自分よりも大きい会社、強いオペレーション能力を持った会社に自分のブランドを預けるというスタイルは「串カツ田中」唯ひとつだと思ってます。

フランチャイズ募集って、昔はセミナーみたいなので募集してたと思うんですけど、そのことを知らない人ばかりで。今、地方でもフランチャイズをやっていますが、基本的に僕のSNSで繋がっている人だけでやっている感じなんです。だから募集にそんなお金もかけてないし、気の知れた仲間、信用できる人でっていうやり方で展開したので、揉めごともないですね。

稲本 僕からはすごく新しく見えた。新しくないっていうけど、今っぽい。シェアしている感じ。今シェア文化だとしたら、ノウハウをシェアしている感覚がある。そういう部分は新しいと思うね。では、マロくんどうぞ。

花光 今後、飲食は二極化すると思っているんです。それは利便性による飲食店の使われ方と本物。ネットがなかった時代はいい店も分からなかった。それがネットが出ることによって本物が顕在化してきた。これから高級業態ってどんどん伸びると思っていて、かつ日本で作った高級業態を世界に輸出することもできると思っている。それがひとつ。
その一方で、利便性が求められるようにもなってくる。行くお店を業態で選ぶのではなく、立地で選ぶ。だから僕としては、いい立地を抑えてその時々にあった業態を当てはめることによって、お客様が来る仕組みが作れればなあと思っております。

石田 私は今後、飲食店の労働時間と休みについての考え方が変わってくると思っています。365日営業していることが必ずしも売上が上がることに直結しないし、お店や会社が発展するわけではないと。うちの「レフェヴェソンス」では2週間夏休みをいただくんですが、それは彼ら社員が相談して決める。自分たちで自分たちの給料や休みも決める仕組みですね。
それから「ラ・ボンヌターブル」は商業施設に入っていて、商業施設の掟で定休日が設けられなかったんですね。でも、365日営業していると共通の時間が取れないため、スタッフたちが疲弊していくです。なので、商業施設に交渉して3年目から定休日を作りました。私は社員のみんなに「たくさんお休みを取ってね」といつも言っているんです。私たちの会社はきちんと休みが取れる飲食です。

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稲本さんに聞いてみたいことは?

稲本 最後に、僕に聞きたいことって何かありますか。

稲本さんは60歳くらいのときの自分って、どんな自分でありたいですか?

稲本 僕、来年50歳なんで、あと10年ですけど、まあそんなに変わんないかな。老いないような努力というのは、スポーツとかなんだとかで補っているけれども、自分の満足というのをより多く求めていくと思う。そうじゃないと人生楽しくない。で、弘子が言っているような社会的なことも、僕なりにそろそろ恩返ししていかなくちゃいけないなとも思う。「お前は変わらないね!」って言われるのが一番好き。そんな風に生きていきたいなって思っています。

花光 「人生の目標」ってありますか?

稲本 やっぱり日本人として海外に飲食業界が攻めていくっていうのは非常に大事だと思っている。日本人という民族がものすごいレストランを握っているなって思うし、僕はハワイとか、オーストラリアとかでもやって来たけど、ハワイのお店なんかもおかげさまで非常に繁盛しているんです。すると次は?
僕、いつも言うんです。飲食業はすごいと。例えば、弁護士さんは日本で弁護士になったって、世界で働けないじゃないですか。ひとつの技術を身につけて世界で働ける飲食ってすごいよね。何だったら本当に料理うまい人って言葉がわからなくても世界に通用する。どこへ行っても、包丁は切れるし、トマトはトマトだし。氷は冷えるもんだし、シェーカーの形はだいたい一緒なんです。
僕バーテンダー出身なんで、世界中どこ行っても俺は働けるぞっていう自信で今までやってきた。この年齢になって、自分がある程度動けるようになって、じゃあ次何やるんだろうなってもう1回創業していくって、世界に創業者としてぶつかっていくっていう仕事を僕はしたいと思う。

じゃあ、そろそろ時間ですので終了しましょうか。それでは、1時間拙い話で申し訳ございません。ありがとうございました。

著者プロフィール

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コヤマタカヒロ
1973年、兵庫県生まれ。90年代にファッション誌にてライター業をスタート。現在はデジタル機器やガジェット、家電などのモノ系とそれらを取り巻くサービスを中心に取材・執筆活動を展開。学税時代はずっと厨房でアルバイトしていたこともあり、趣味は料理。

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