• 編集部セレクト
  • 2016.5.6

一流の料理人がこだわる包丁を作り出す、鍛冶職人の技と未来

  • この記事をシェアする

お客さまに美味しい料理を楽しんでいただくためには、道具にもこだわりたいところです。そのひとつが、「包丁」。全国に数ある名産地のなかでも、新潟県燕三条といえば、昔ながらの鍛冶職人の町です。現代でも、伝統技術を受け継いだ職人が、こだわりの料理人のための包丁を作り続けています。

江戸時代に始まった「鍛冶の町三条」

新潟県燕三条は、“鍛冶の町三条”として知られ、国内外で評価の高い金物産業の町です。その歴史をひもとくと、この町で鍛冶が始まったのは、寛永2(1625)年のこと。代官所奉行として三条に在城した大谷清兵衛は、町を流れる五十嵐川の氾濫に苦しむ農民を救済するために、江戸から鍛冶職人を招いて、農家の副業としてクギの製造方法を指導するようになりました。その後、寛文元(1661)年に、会津地方から新しい鍛冶技術が伝わり、クギから鎌、のこぎり、包丁などが作られるようになりました。専業の鍛冶職人、次いで金物を取り扱う専門の商人が出てきたことから、“鍛冶の町三条”が全国へ知れ渡ることになったといいます。

伝統の包丁職人たちが作る調理器具たち

一人前になるのに少なくとも10年かかると言われる三条の職人たちは、伝統の技を大切に、包丁作りに取り組んでいます。
三条の包丁の多くは、鍛造・焼き入れ・焼き戻し・研磨・柄の仕込みまでの一貫生産。機械に頼ることなく、その包丁の材料や特性を熟知した職人が全行程を担当しています。

とくに、包丁の最も重要な刃の部分は、古くからクギのような工具にも使われていた鉄や鋼で作られていて、その鋼の種類や焼き入れの加減によって、包丁の切れ味や研ぎやすさが決まるということです。

一方、市販されている安価な大量生産品は、刃物を作るための鋼の板を包丁の形にプレスで型抜きして製造されています。型抜きされた金属片に熱処理や研ぎを行い、包丁へと完成させるのです。もちろん、この工法でも家庭用なら十分な包丁ができるようになっていますが、やはりプロフェッショナルの料理人が長く使える上質な包丁を求めるなら、このような職人の熟練した技が必要だと言われています。

技が途絶える!? 後継者不足の危機

しかし残念なことに、そんな“鍛冶の町三条”でも、技術を継承する後継者不足に悩まされています。実際に、財団法人商工総合研究所の報告書「地場産業の現状と課題―燕・三条地域」によると、1991~2005年の金属製品製造業の製造品出荷額の動向を探った調査では、燕市は53.1%減、三条市では30.5%減という結果が出ています。ライフスタイルが欧米式に変化してきたことや安価な大量生産品の台頭、中国などの海外製品との競争により、かつては日常的に使われていたはずの工芸品への需要が減っているからです。

そこで、伝統の技を絶やさないために、地域を上げてさまざまな取り組みが行われています。鍛冶職人や金属製品製造業者が、伝統的な素材や加工法だけにこだわるのではなく、現代ならではのステンレスなどの素材を加えたり、優れたデザインを施したりした包丁を製造するのも、そのひとつ。より新しく良いものを生み出すことで、燕三条の産業を活性化していこうとしています。

いまや和食の人気は世界的なものですが、“鍛冶の町三条”の「包丁」はそんな食文化を支えてきた歴史ある工芸品のひとつです。ある意味、最大の利用者である料理人が使い続けることで、その伝統の技術を後世にも残していきたいものです。

(※一部内容を変更しています。2017年6月8日)

参考:
三条鍛冶の技|伝統の技|産業・企業|三条市
休日デザインの人 包丁職人の休日|休日デザイン研究所
包丁工房タダフサ
和包丁ができるまでの工程|韮澤包丁製作所
包丁の工法|包丁を買う前に!!|堺工房
伝統工芸界を襲う後継者不足問題!解決の糸口とは|職人Times
平成21年度調査研究事業報告書「地場産業の現状と課題―燕・三条地域―」|一般社団法人商工総合研究所

  • この記事をシェアする
  • この記事を書いた人

    明日のレストラン編集部

飲食店で働くすべてのみなさまのため、今日より明日さらに繁盛させるためのノウハウなど、すぐに役立つ情報をさまざまな角度からお届けします。