飲食店で働く人のための情報マガジン by トレタ

連載
2018年7月1日

ドラマのあるレストラン 〈第5話〉想定外の食体験「那須塩原・ワインと地酒の宿・塩原山荘」

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「人は見かけによらない」という言葉があるが、ニュースで見かける事件のせいか、最近はそれが何だか悪い意味に聞こえる気がする。人に限ってはそうかもしれないが、店や宿だったらどうだろう? 「見かけ」以上のものを提供してくれたら、そこに生まれる感動は何倍にもなるはずだ。

今ではインターネットで店の雰囲気や点数や評判を調べられ、その事前情報が行くかどうかを決める手立てにもなる。しかし、それらの事前情報も「見かけ」のうちかもしれない。その店に行ってみて初めて味わえる感動もあるのだということに、あるプロジェクトの視察旅行で出会えたのだ。「今日泊まる宿は料理が美味いんですよ」と、案内してくれる俳優が目を輝かせていた。

那須塩原・ワインと地酒の宿・塩原山荘

東京駅から新幹線で1時間強。初めて那須塩原駅に降り立った。皇室の避暑地である那須御用邸の町としても知られる。車に乗り込み、駅前から続くロイヤルロードを少し走り、オシャレなカフェや雑貨屋さんが並ぶ黒磯町の中央商店街の店を視てまわり、農園で甘いイチゴやトマトにかぶりついた後、塩原温泉郷へと向かった。

約40分ほど車を走らせると車窓が温泉郷の雰囲気に包まれる。川沿いに湯けむりとともに建つ門構えが素敵な大きな旅館や、歴史を感じる老舗旅館の前を通り過ぎ、辿り着いたのは、小さな山小屋のような外観の『塩原山荘』。閑静な佇まいの向かい側には、観光バスが停まる大きなホテルが建ち、アジアからの観光客で賑わっていた。

「ワインと地酒の宿」という入口の看板を横目に玄関に入ると、女将が「おかえりなさい」と出迎えてくれた。一緒に泊まる俳優は何度も泊まったことがある。つまりは「おかえりなさい」なのだ。鍵を渡されて3階の和室に通された。広い。敷かれていた布団が温泉旅館の雰囲気を感じさせる。窓からの景色は決して素晴らしいものではないが、ここにある暖かみのようなものをすでに感じていた。

早速、浴衣に着替え、風呂に向かった。想像していたよりも風呂は小さく、二人同時に湯船に浸かれば足は伸ばせられない。何と言っても、湯が熱い。俳優の彼が手慣れたように湯もみをしてくれてやっと入れる。ふうーっと息を吐きながら旅の疲れを取り除く。その時点で僕は少しずつこの宿を好きになり始めていた。

オシャレな空間にバツの悪さが吹き飛んだ

食事の時間になった。

浴衣と半纏のまま一階の食事会場に向かった。ドアを開けて入った途端、違和感を感じた。その空間はまるで宿の外観からは想像もつかないオシャレなレストランと化しており、塩原温泉郷にある小さな山荘のような旅館にある空間とは思えなかったのだ。

「浴衣で来てしまいました。すみません」とバツの悪そうな僕を、宿主が「いいんですよ、ここは温泉宿ですから」とテーブルに促してくれた。落ち着いた色合いのテーブルクロスにナイフフォーク、シャンパングラス、ワイングラスと並んでいるのを見た時、心が躍った。

まずは「本日の泡」が注がれ、前菜がサーブされた。かぶ、トマト、とうもろこし、ベビーリーフ、さやえんどう…地元野菜を使った料理が色とりどりに盛り付けられ、やしおポークのパテと歯ごたえのいいイカのマリネがシャンパンと合う。あっという間に2杯目に。まずい。このペースではメインまでに酔っ払ってしまう。

しかし、なぜこのような料理が小さな旅館で出されるのか不思議で仕方ない。さらには、この空間の演出もだ。そう思っていると、「ここの宿主さんは東京の有名ホテルで料理を学ばれたんですよ」と俳優の彼が教えてくれた。なるほど。ますます次への期待が高まった。

地元のワインがすすむ料理たち

セカンドは牡蠣とキノコのアヒージョ。那須ワインの白が注がれた。マスカットの香りが甘い雰囲気を醸し出すのだが、一口飲むと口当たりはほどよく辛く、アヒージョと一緒にペロリと行ってしまった。酔っ払う前にメインにたどり着けるだろうかと、またもや不安がよぎった。

「この季節はそこの川でアユが採れるんですよ」
「そうか、もう解禁したんだよね」
「夏休みにご家族でどうですか?」
「そうだね。息子が喜ぶかも」

と、メインの前にサーブされたのは鮎のペペロンチーノだ。

「ああ。鮎だ」。季節のものを使う料理はとても嬉しいものだが、鮎を使ったパスタは生まれて初めて食べる。ほどよい大きさにほぐされた鮎の身が塩とガーリックと絡められ、しつこくない。白ワインともよく合う。メインが来たら赤に変えようと思っていたら、新しい白が開けられた。

「ん?まさかメインは魚か?」と思っていたら、ついに待ちに待ったメインがサーブされた。ローストビーフとやしおマスのステーキだ。やしおマスはこの地で採れるマスで、新鮮なものを使っているらしい。見る限りレアステーキにしたものだ。鱒のステーキ。これも初めて食べる。サーモンとも違う、その絶妙な焼き加減の食感からはクセのない芳醇な味がする。

「…美味しい」
「言ったじゃないですか。ここの宿は料理が美味いって」

那須塩原ロス

確かにここまでの満足感を提供してくれる温泉宿も初めてだ。赤ワインに行くまでもなく、さっぱりとしたローストビーフもペロリと行ってしまった。締めには、栃木のイチゴを温めてジャム状にしたものをバニラアイスクリームにかけたデザートがやってきた。普段の糖質制限はとうに解除されており、イチゴの温かみとアイスクリームの冷たさが絶妙に絡み合うスウィーツをありがたく味わった。食後のコーヒーが注がれ、塩原温泉郷の高級ディナーは終焉を迎えた。

翌朝、朝風呂の脱衣所にある体重計にそっと乗る僕は何の後悔もしていなかった。もちろん、朝食も期待以上の美味しさだった。

店も宿も見かけによらない。ともすると通り過ぎてしまいがちな小さな宿で出会った素敵なレストランは僕を感動させ、その地を好きにさせた。

朝食で食べたほうれん草とベビーリーフの農園を視察し、お土産に頂いた野菜たちを手に19時台の新幹線に飛び乗った。

帰京して最初にツイッターに呟いた。「既に那須塩原ロスだ」と。

旅先で出会う食の感動はきっと新しい目線でその場所を感じさせてくれる。そんなお話でした。
さあ、次はどんな感動に出会えるのか。お楽しみに。

■第5話のお店
源泉掛け流しのちいさなホテル 塩原山荘

これまでのお話はこちら

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森谷 雄
この記事を書いた人

もりや たけし 1966年2月24日愛知県生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業後、テレビドラマの世界へ。プロデューサーとして、「天体観測」('02/フジテレビ)、「ザ・クイズショウ」シリーズ('08・'09/日本テレビ)、「33分探偵」シリーズ('08・'09/フジテレビ)、「深夜食堂」('09/毎日放送・TBS)、「コドモ警察」('12/毎日放送)、「みんな!エスパーだよ!」('13/テレビ東京)などのドラマを手掛ける。映画の主なプロデュース作品は『ロッカーズ ROCKERS』('03/陣内孝則監督)を皮切りに、『シムソンズ』('06/佐藤祐市監督)、『Little DJ〜小さな恋の物語』('07/永田琴監督)、『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』('08/塚本連平監督)、『シャッフル』('11/及川拓郎監督)『しあわせのパン』('12/三島有紀子監督)、『ぶどうのなみだ』('14/三島有紀子監督)、『曇天に笑う』(‘18/本広克行監督)。
監督作品には『サムライフ』('15)、『アニバーサリー』(‘16)がある。

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