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連載
2018年3月12日

若き経営者たちの夢〈11〉 下遠野亘氏(株式会社スパイスワークス)

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外食産業を牽引する経営者たちの夢に迫る企画の第11回は、2006年5月創業の株式会社スパイスワークス代表取締役の下遠野亘氏である。同社は建築業と飲食業を事業としているが、下遠野氏は設計事務所で社会人をスタートし、イタリアン、フレンチの料理長を経験、現在は、店舗の空間プロデュース・企画から建築、運営まで全てを手掛ける、総合店舗プランナーとして活躍している。その下遠野氏に「夢」を聞いた。


下遠野亘氏

スパイスワークスが手掛ける飲食業の特徴に、古民家再生、ジビエが挙げれられる。さらにS1サーバーグランプリで企業表彰を受賞し接客力が評価されている。このように個性を放つ飲食業をどのようにして育て上げているのであろうか。

設計士からスタートし、料理長も経験

――異色のキャリアですが、社会人をどのようにしてスタートしたのですか。
建築の専門学校を卒業して、飲食店の設計を手がける設計施工会社に就職しました。入社当初は先輩たちのように図面の線が引けませんでした。そもそも飲食店の中でお客さまがどのように動き、店側がどのようなことを求めているかということを知らなかったからです。飲食店のことが知りたくなって、20代前半にコックの道に入りました。

――料理人の世界ではどのような道を歩みましたか。
まず、イタリアンに入りました。1990年代後半の当時、飲食業界はバブルを引きずっていて、イタリアンは「イタメシ」と呼ばれていました。働いているうちに、本場のイタリアンが知りたくなりました。1年半におよぶ海外での料理人生活はローマからスタートしました。

ローマではナポリピッツァの店で働きました。今でこそ定番メニューですが、当時の日本ではナポリピッツァはまだ珍しい時代です。イタリアはとにかく食材が素晴らしく、イタリアンは食材を活かす料理であることを知りました。その後、オーストラリアに渡り、格付けのあるイタリアンで料理長を任されました。

日本に戻ってから、料理人としてイタリアンもフレンチも経験しました。2005年、31歳の時に建築業で独立し、同じ年に馬肉をメインにした「仕事馬」を水道橋にオープンしました。

「意味あること」が動機を促す

――建築業と飲食業と両方手掛けることになったのはなぜですか。
飲食業に関わるすべてのことを、1社で全てやってみたかったのです。飲食店を成功させるためには、立地・物件からはじまり、設計・施工、そして料理・サービスという、どれが欠けても繁盛店をつくることができません。自分で丸ごと手掛けて店を成功させてみたかったのです。

――1号店となる「仕事馬」で馬肉を扱うことにしたのはなぜですか?
「意味あること」をやりたかったからです。地方にはさまざまな馬肉食の文化があります。ところが人口が減少していくとこのような文化がすたれてしまうかもしれません。馬肉を日本全体に広めたいと思って手掛けたところ、多くのお客さまにご来店いただけるようになり、馬肉の魅力を知ってもらうことができました。

オープンした2005年当時、日本国内で馬肉を扱っている飲食店を検索すると二十数店程度しかなかったものが、今では星の数ほど出てきます。馬肉を扱ったことは「意味あること」だと思っています。

――食材にシカやイノシシなど、ジビエを扱うことを他に先駆けて行っていますね。
2005年、新聞で害獣駆除の記事を読んだことがきっかけです。食材としてとても魅力的なのに、駆除後は廃棄されていると知り、何とかできないかと考えるようになりました。当時はまだ「ジビエ」という言葉が認知されていなかったので、「マタギ」という言葉を使いました。

ジビエは当社が手掛けた古民家再生の業態にとてもマッチして、都心の中にありながら異空間を演出することに一役も二役も買ってくれました。

――古民家再生にこだわるのはなぜですか?
私はエイジング(※経時劣化や熟成など、時を経て味わいを増す)を得意としていますが、作り物には限界があり、本物のエイジングに勝つことはありません。古民家のように見せかけるのであれば、本物の古民家を再生した方がはるかに質のいいものができるだろうと考えました。

それに加えて、古民家再生は「意味あること」の一つです。昭和30年代、40年代(1950
〜70年代)の普通の住宅は、そのままにしていくといずれなくなってしまう。それを残して再生することによって、その建物が吸収してきた時間を発信することができるのです。再生するための作業はとても面倒なことですが、生かされた姿に感動があります。

古民家再生はそれが集合としてまとまると昭和の時代を再生するということにもつながります。2017年3月に手がけた「ほぼ新宿のれん街」はその表れです。

――S1サーバーグランプリ(S1)で企業表彰を受けていますが、接客力の向上にも力を入れているのですね。
ある程度年月を重ねている飲食店には、店を中心としたコミュニティが出来上がっているため、潰れる理由がないと思っています。しかしながら、潰れてしまうのはなぜか。それは、サービスがぞんざいになってしまっているからです。お客さまがその店での居心地のよさを感じなくなってしまった瞬間、店がおかしくなっていきます。

当社の飲食業は大きくなっていますから、サービスのブラッシュアップを組織的に行う必要があるということで、S1に参加しています。多数の飲食業が参加していて、結果が目に見えて分かりやすく、比較対照ができるのでとても勉強になります。

志を同じくする人たちとつながっていく

――飲食、建築に加えて宿泊業に着手していますが、現在会社の組織はどのようになっていますか。
事業のひとつひとつを会社組織にしています。飲食業では「のれん会」をつくって加盟店同士の交流を図っています。一般の加盟店会と同様のものです。

最近では、昨年5月にホステル事業部を株式会社宿場のハリウッドという新会社にしました。ホテルではなく「宿場」を作りたいという思いで、古いビルを借りて、リノベーションしてホステルとして営業しています。飲食があって、泊まるだけではなくて、人が集まってきて、そこにコミュニティがあるといった空間をコンセプトにしています。

――これからのビジョンはどのようなものですか。
当社の本社ビルはかつて問屋ビルだったもので、それを買い取りオフィスに作り替えたものです。ここ浅草橋の一帯は、かつて問屋街として隆盛しながら衰退して真っ暗になっていました。それが今、飲食店が続々とオープンして街の明るさを取り戻しつつあります。周辺にはアーティストがたくさん住むようになりました。

1964年の東京オリンピックを契機に、東京は新宿、渋谷といった西の方が注目されるようになったと聞きます。これからは歴史や伝統のあるこのあたりをはじめ東京の東側のエリアが注目されていくように思えます。

現在、大塚で「ほぼ大塚のれん街」(仮)をつくる構想を進めています。JR大塚駅近くの都電に面したワンブロックを借り受けて、今でも残っている昭和30年代、40年代の建物を活用して独特の街並みをつくり上げます。このような形で「街をつくる」ということに興味が傾いています。

そして「のれん」にこだわっていきます。志を同じくする人たちとのれんでつながっていきたい。それが私たちにとって「意味あること」だと考えています。

【編集後記】千葉哲幸のコメント
下遠野氏と初めて会ったのは2009年6月のこと。JR神田駅近くにオープンした旧焼き肉店リノベーションを企画した人物としてインタビューをした。その後、下遠野氏は渋谷の「肉横丁」、八王子の「ロマン地下」、最近では「ほぼ新宿のれん街」と手掛け、常に古いものを今の時代に生かすことで、その施設とその周辺を生き生きとさせている。その施設名もほのぼのとした雰囲気が漂う。下遠野氏の「意味のあること」は人々に新たな刺激や感動をもたらしている。

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千葉哲幸
この記事を書いた人

フードフォーラム代表。
柴田書店『月刊食堂』と、そのライバル誌である商業界『飲食店経営』の編集長を歴任するなど、フードサービス業の記者歴35年。業界関連の取材・執筆、書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

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