飲食店で働く人のための情報マガジン by トレタ

連載
2018年1月11日

ドラマのあるレストラン 〈第3話〉元恋人からのリクエスト「肉バルSHOUTAIAN 渋谷店」

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最近、「○○バル」というようなお店が増えた気がする。どうやら日本では2005年くらいからこの「バル文化」なるものは広がってきたようだ。元々の語源はイタリア語やスペイン語で「BAR」を「バル」と読み、本場スペインでは昔から生活に欠かせない場所だったという。朝食や昼食を食べ、闘牛の中継をテレビで観たり、シエスタ(昼寝)までして、夕方からは夕食を食べたり酒を飲んだりする場所としてバルは存在してきたらしい。

日本で「BAR」といえば沢山の種類のお酒を好きに飲める男の酒場のイメージが強かったが、「バル」となった瞬間から素敵な食事も気軽に楽しめるイメージのお店として女性にも人気の飲食店になったのだろう。女性が好きなバルといえば「肉バル」ではないだろうか?美味しいお肉とワインを思いっきり楽しむ姿を良く行く肉バルで見かける。お店の中は女性客でいっぱいだが、僕はその店のメニューで大好きなものがあり、美味しいお肉を食べようと時々出かけるのだ。今回はそこである人と待ち合わせをした。

心置きない話にマッチする肉料理

その日、彼女に会うのは数ヶ月ぶりだった。「お肉が食べたい」と連絡が来てすぐに思いついたのがこの店だ。お互いに仕事が忙しかった僕らは3年前に別れた元彼と元カノという簡単な関係でもなかったが、最近は近況を報告するのを口実に美味しいものを食べようと時々会うようになった。「少し早めに行ってるよ」とメールを入れて、仕事を終えた僕は渋谷の街を横切るように店へ向かった。桜ヶ丘の坂道を登ると角の半地下にその店はある。

遅刻魔の彼女は絶対に僕より先に来た試しはない。今日はどれくらい待たされるのだろう?と思いながら木造りのドアを開けたら、奥の二人席に振り向いた彼女の姿が見えた。

「めずらしいね」
「ふふ、早く着くんじゃなかったの?」
そう言って彼女は隣の席に僕を促した。

カウンターとテーブル席を合わせても20席強くらいのお店だが、内装も素敵でとにかく肉が美味い。今日も女性客でいっぱいだ。まずはビールで乾杯をした。と思ったら彼女がメニューの端から端までを眺めながらオーダーをし始めた。

「和牛炙り刺しのカルパッチョサラダ。王者のユッケ。ランプステーキ。それに…飲めるハンバーグ?!」
驚く彼女の横顔に僕はほくそ笑んだ。

「それがここの名物。僕は王者のユッケがオススメだけど」
「じゃあ、今言ったのを全部順番に」
「おいおい」
「だって全部食べたいんだもの」
「はいはい」
この店のものならきっと全部彼女の口に合うはずだ。

それに今日は仕事の合間に昼はサンドイッチで済ませてしまったから僕も結構腹が減っていた。何より肉をこんなに沢山一緒に食べられる女性も彼女以外にあまりいない。

近況報告は相変わらず忙しい彼女の仕事っぷりと少し不満が溜まった僕の愚痴を交互に聞き合う感じだ。そんな時には肉料理が一番だ。そして、オーガニックのワイン。心置きなく肉を喰らううちに3年前に時間が逆戻りする。

仕事の目標や夢を語り始めるようになった彼女に僕が少しの安堵と寂しさを感じていると『王者のユッケ』がサーブされた。A5ランクの和牛の生肉を薄くスライスしたものを丸い皿に広げて特製のタレと葱、そして金粉をふりかけてある正に王者の風格のユッケだ。

「わぁ!」
彼女が声を上げた。

「お先にどうぞ」。そう促すと一番大きな一枚を彼女はパクリと口に入れた。続いて僕も口に入れてその食感を楽しむ間、しばし僕らは無言になった。やがて二人同時に「うまーい!」と言って笑いあった。本当にこのユッケは人を幸せにする。

ワイン片手に「飲めるハンバーグ」

何かの緊張がほぐれて、グラスワインからボトルに変えて次の料理を待つ。当然の美味さのステーキ、そして『飲めるハンバーグ』がやって来た。僕のわがままで今回はおろしポン酢味を注文した。たっぷりの大根おろしが乗った柔らかそうなハンバークがタレに浸っている。それを二人で分けるように口に入れると彼女が言った。

「やばい。本当に飲めるね」
「そのまま飲むなよ、ちゃんと噛め」
それくらいに柔らかなハンバーグを僕らは一瞬で平らげた。

ワインも手伝ってか彼女の白い頬が少し赤らんできた時だった。

「ねぇ、あれもいい?」
彼女が店の黒板を指差した。そこには『和牛の肉寿司一貫500円』と書かれていた。そろそろラストオーダーの頃だ。

「僕は一つでいいよ。ダイエット中だし」と遠慮したが、結局彼女は肉寿司を四貫オーダーし、仕方なく僕も二貫食べた。でも、とても美味かった。

ワインのボトルが空いた頃、閉店時間がやってきた。楽しい時間はあっという間だ。お互いの仕事の都合で少し遅くに設定した待ち合わせ時間を僕は悔やんだ。

「もう一軒行く?」
「もう飲めないよ」
「じゃあ、コーヒーでも」
「ううん。今日は帰る」
「そっか。じゃあ、近くまで送るよ」
「大丈夫」
店を後にして、少し歩きながらそんな会話をしているうちに向こうから空車のタクシーがやってきた。

彼女が手を挙げると、残酷にもタクシーは止まり、巻き戻ったかのように思えた時間は途端と早送りされ、エンディングがやってきた。

「じゃあ、また」
「うん、また。楽しかった」
彼女がそう言うとドアが閉まった。リアウインドウから手を振る彼女を見送りながら、僕も少しだけ手を振り返した。

「よし、今夜はあのバーに行こう」と僕は歩き出した。

と、今回はここまでが全て妄想。お店のメニュー以外は大いなる妄想だ。事実かどうかは読者のみなさんのご想像にお任せするとして、「美味しいお肉は人を幸せにする」という『ドラマのある肉バル』のお話でした。

美味しい料理と素敵な空間が、そこに流れる幸せな時間をくれる。さあ、次はどんなお店に出会えるか?お楽しみに。

■第3話のお店
肉バルSHOUTAIAN 渋谷店

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森谷 雄
この記事を書いた人

もりや たけし 1966年2月24日愛知県生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業後、テレビドラマの世界へ。プロデューサーとして、「天体観測」('02/フジテレビ)、「ザ・クイズショウ」シリーズ('08・'09/日本テレビ)、「33分探偵」シリーズ('08・'09/フジテレビ)、「深夜食堂」('09/毎日放送・TBS)、「コドモ警察」('12/毎日放送)、「みんな!エスパーだよ!」('13/テレビ東京)などのドラマを手掛ける。映画の主なプロデュース作品は『ロッカーズ ROCKERS』('03/陣内孝則監督)を皮切りに、『シムソンズ』('06/佐藤祐市監督)、『Little DJ〜小さな恋の物語』('07/永田琴監督)、『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』('08/塚本連平監督)、『シャッフル』('11/及川拓郎監督)『しあわせのパン』('12/三島有紀子監督)、『ぶどうのなみだ』('14/三島有紀子監督)、『曇天に笑う』(‘18/本広克行監督)。
監督作品には『サムライフ』('15)、『アニバーサリー』(‘16)がある。

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