飲食店で働く人のための情報マガジン by トレタ

連載
2017年12月1日

若き経営者たちの夢〈5〉 田中竜也氏、井石裕二氏(株式会社NATTY SWANKY)

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外食産業を牽引する経営者たちの夢に迫る企画の第5回にご登場していただくのは株式会社NATTY SWANKY代表取締役の田中竜也氏と取締役社長の井石裕二氏である。同社は2001年に創業し、現在は主力業態の「肉汁餃子製作所ダンダダン酒場」(以下、ダンダダン)が51店(うちFC店16店、2017年12月末)となっている。株式公開を目指していることを公表している同社を築き上げたダブルトップに「夢」を聞いた。


(左から)井石裕二氏 田中竜也氏

田中氏と井石氏は誕生日がそれぞれ1974年12月で一日違いである。20歳の時に初めて出会い意気投合し、その6年後に起業した。2011年に「ダンダダン」1号店が誕生し、数々の繁盛伝説を生み出してきた。NATTY SWANKYという社名は、NATTYが「粋」、 SWANKYが「鯔背(いなせ)」という意味が合体したものだ。そこには二人の「地域に愛されるかっこいい店を作る」という思いが込められている。「ダンダダン」のスタッフはみな挨拶がきちんとしていて表情が明るく爽やかである。商品力に加えてホスピタリティの高さが繁盛店を展開する大いなる秘訣と言えるのではないか。

二人三脚で築き上げてきた

――二人で一緒に飲食業を手掛けることになったきっかけはどのようなものですか?
井石 23年前20歳の時、田中が勤めていたラーメン店に客として私が食事にいき、そして一緒に飲んだり話し合う機会を重ねて「一緒に起業しよう」と26歳で事業を立ち上げました。

田中 当初、私がラーメン事業を起こして、井石がアルコール業態を立ち上げて、当時からダブルトップ体制で行っていました。お互い店が終わってから一緒に集まり、朝まで会議をしてからそのまま店に戻るという状態で、目の前の課題をクリアすることに躍起になり、その繰り返しを行ってきました。

――「ダンダダン」はどのようにして誕生したのですか?
井石 「餃子で飲む」というシーンはよく想定されることでしたが、実際に餃子を食べられる店というのは中華料理屋さんかラーメン屋さんです。中華料理屋やラーメン屋さんではじっくり飲める雰囲気ではないし、女性が入りにくい。堂々と餃子をつまみにして飲める店がいいのでは、と考えました。創業して10年目の2011年、調布に1号店をオープンしました。8坪で18席、これで毎日100人のお客様がいらっしゃいました。

田中 最初は失敗を繰り返していましたが、完成した餃子は肉汁がたっぷりでうま味が凝集されていて「肉肉しい」感じでした。すごい業態ができると思いました。これが最後の勝負という感じで出店したのですが、初日にお客さまが30人並んでいたのを見た時には震えました。

――その後店舗展開はどのように進めていったのですか?
田中 当初の出店場所は京王線沿線ですが、店舗間が近い方が便利だろうと思っていたからです。土地勘もありました。

井石 調布の次は2号店聖蹟桜ヶ丘12坪、3号店代田橋11坪と小型店で展開してきたのですが、4号店永福町は19坪2フロアで57万円という大きな物件でした。これは我々にとって挑戦でした。しかし、永福町はオープンしてから連日行列が絶えず人気店になりました。それからは京王線沿いだけでなく渋谷・池袋などにも出店をしています。これからも挑戦し続けていくつもりです。

人材教育に徹底的にこだわる

――現在の業容はどのようになっていますか?
井石 今51店、うちFC16店、オーナーは9社(2017年12月末)です。FC1号店は荻窪で2014年、FCを是非やらせていただきたいというご要望をいただきました。これ以降、有難いことにFC店も増えましたね。それでも餃子はすべて手包みしています。これは1号店オープン以来ずっと変わらない、こだわりです。

田中 この6年間は教育に力を注いできました。店の中にきちんとしたチームが出来上がったとしてもそれを継続していくことが重要です。メンバーが変わったとしても良い状態でなければなりません。凡事徹底が重要なのです。

――店にお邪魔すると従業員が皆礼儀正しく、爽やかなことに感動します。教育面ではどのようなことを行っていますか?
田中 月に1店舗のペースで出店するとスタッフは30人増えます。教育カリキュラムは山のようにありますが、スタッフの数は増え続けていますので、常に改定しています。辞めたスタッフからよくこのようなことを言われたものです。「今の会社で『君はよくできる』と褒められる。『前の会社でどのようなことを教わったのか』」と。このような話を聞いて、自分たちがやってきたことは間違っていないと感じています。

井石 スタッフの悩みの相談に応じるメンター制度を行ってきましたが今再構築してるところです。スタッフは毎日同じ店で同じ人と顔を合わせて働いています。このような中での悩みを救い上げて解決することはとても重要です。現在は毎月1回階層別の勉強会を行っていて、現場からの声を吸い上げるようにしています。この中で問題を見つけたら解決するようにしています。

夢は株式公開

――株式公開を目指していることを公表していますが、なぜそれが必要なのですか?
井石 株式公開を目指したのは去年のことです。「3年後」を見据えたときに、会社はある程度の規模になっているでしょう。そこで未整備なことがある今の状態ではうまくいかないだろうと。であれば上場できるだけの体制をつくろうと考えました。

田中 これから世の中は大きく変化するでしょう。そこで特に労務管理のことはずっと念頭に置いていました。これからの飲食業は個人店とある程度資本力を持つところと大きく二極化していきます。そして、真ん中の会社が一番きつい。ここから早く抜け出さないといけない。ちゃんと労務管理ができて、きちんとした給料を支払う力がないと人は集まりません。新卒は2018年の春から定期採用します。今の内定者には当社の経営理念である「街に永く愛される、粋で鯔背な店づくり」ということを伝えています。

――スタッフには日ごろどのようなことを徹底していますか?

田中 まず社員に対して「その行動は期待以上ですか?」ということを問うています。日常的に、あらゆることについ常に言い続けています。そして「挨拶」です。店や職場の中に挨拶がきちんと浸透して、1年後2年後も同じテンションが維持されていることが重要なのです。これを習慣化することが凡事徹底です。

井石 新規オープンする店ではオープンの直前にアルバイトスタッフが内装を仕上げる「入魂作業」を行っています。これによってアルバイトスタッフは店に対する愛着を込める機会となります。このようなスタッフが、スタッフ同士、またお客さまに、町の人にも元気に挨拶をします。このように私たちの夢は、真に地域社会から愛される店をつくっていくことです。


入魂作業の様子

【編集後記】千葉哲幸のコメント
2015年、オープンしたばかりの「ダンダダン」笹塚店のアイドルタイムに私が井石氏に取材をしていたところ、店の扉ががらりと開けられ、その中高年の女性がスタッフにこう言った。「ここの餃子がおいしいと聞いていて、笹塚にできて楽しみだわ」――ダンダダンはこの当時京王線沿線でこのように出店が待望される店となっていた。「餃子で飲む」ということは利用動機が限定されているように感じられるが実は老若男女から愛させる間口の広い業態なのである。そして同社が行ってきたことは「挨拶」と「地域社会に愛される」ということ。キラーコンテンツの餃子が同社の経営理念と共に、株式公開によってどのような展開を見せるのかが大いに期待される。

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千葉哲幸
この記事を書いた人

フードフォーラム代表。
柴田書店『月刊食堂』と、そのライバル誌である商業界『飲食店経営』の編集長を歴任するなど、フードサービス業の記者歴35年。業界関連の取材・執筆、書籍プロデュース、セミナー活動を行う。2017年4月に「志を持ち、生き方を変え、日本を元気にする」を冠としたエーアイ出版『夢列伝』の編集長に就任し、活動領域を広げている。

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